最終更新日時 2018/12/22

2011年、世界遺産に登録されたことで、一躍有名観光スポットへの仲間入りをした平泉。それでも平泉っていまひとつどういったところかピンとこない、という人もいるでしょう。そんな人のために平泉の魅力が解るおすすめスポットを、その歴史を振り返りながらご紹介します!

中尊寺

Konjikido

中尊寺は奥州藤原氏の初代清衡が、仏国土による一大理想郷を東北の地に築くに当たり、その中心に据えた寺院でした。そのため全盛期には40もの堂塔が存在していましたが、源氏により藤原氏が滅ぼされると、後ろ盾を失くした中尊寺は大きく衰退。のちの火災により多くの伽藍を失い、荒廃の一途をたどりました。その中でかろうじて守られてきたのが、3000点にも及ぶ寺宝と、現在国宝建造物第一号に指定されている金色堂です。金色堂の須弥壇の中には四代藤原氏の亡き骸がいまも眠っています。

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戦乱の世を細々と耐え抜いた中尊寺。江戸時代に入り平泉が伊達藩領となると、中尊寺は歴代藩主の庇護により息を吹き返します。いまも中尊寺に参拝するには長い並木道を歩いて行かなければなりませんが、この参道の杉の木も当時の伊達藩の手により植樹されたもの。様々な人の思いに守られた中尊寺は、その甲斐もあっていまやかけがえのない世界の遺産となりました。いにしえの歴史に思いを馳せながら参道を歩いたあと、迎えてくれる金色堂は、訪れた人に一体どんな光を投げかけてくれるでしょうか。

名称 中尊寺
住所 西磐井郡平泉町平泉字衣関202
電話番号 0191-46-2211
公式URL http://www.chusonji.or.jp/

毛越寺

Motuji Temple

奥州藤原氏が栄える240年ほど前に中尊寺を開いた慈覚大師は、同時期に毛越寺を開山しました。この毛越寺に中尊寺をしのぐほどの堂塔伽藍を構えたのが、二代基衡と三代秀衡。栄華を極めた毛越寺も再三にわたる災禍によって全ての堂宇を失いましたが、その後残されていた遺構より平安時代の浄土庭園が再現され、往時の姿を忍ぶことができるようになりました。日本最古の作庭技法にのっとり造りこまれた庭園には、最も美しいとされる荒磯風の出島や州浜、枯山水を模した築山など随所に見どころが施されています。

Motuji Temple

仏堂と苑池とが一体化された優美な景観は、国の特別史跡・特別名勝に指定されており、これら遺構を含めた寺院全体では世界遺産の登録もなされています。毛越寺では座禅や写経体験ができるほか、毎月8日に行われる「薬師会」や10月の特別拝観時には、普段拝観できない本堂内に入ることもできます。春や秋には藤原氏を題材にしたお祭りも開催され、人出の途切れることがありません。なお毛越寺は「もうつうじ」と難解な読み方をしますが、これは「越」の字を「おつ」と読むため、「もうおつじ」がいつしか訛って「もうつうじ」になったとされています。

名称 毛越寺
住所 西磐井郡平泉町平泉字大沢58
電話番号 0191-46-2331
公式URL http://www.motsuji.or.jp/

達谷窟毘沙門堂

Takkokunoiwaya Bisyamondo, bettou Takkokuseikouji Temple

いまから1200年以上も前に、当時征夷大将軍だった坂上田村麻呂が達谷の窟屋に棲む悪党らを退治しました。それは毘沙門天の加護があったからだとされ、田村麻呂が悪党らの棲んでいた窟屋に毘沙門堂を築いたのが、達谷窟毘沙門堂の始まりです。同じころ別当寺として達谷西光寺が開かれ、以来毘沙門堂の神事などを達谷西光寺が執り行ってきました。境内に鳥居があるのは当時より神仏混合の社寺であった所以で、1200年が経ったいまもそのスタイルは変わっていません。そのため達谷西光寺は檀家をとっておらず、葬式も行わない珍しいお寺なのです。

Takkokunoiwaya Bisyamondo, bettou Takkokuseikouji Temple

源氏や藤原氏の庇護によって寺領は拡大され、七堂伽藍を与えられるなどかつての達谷正光寺は一山寺院として栄えました。しかし戦乱の世の中で衰退し、江戸時代には毘沙門堂を守るこの一箇寺のみに。毘沙門堂もたび重なる火災の憂き目に遭い、その都度再建され、現在のものは五代目を数えます。一関市の厳美渓方面にあり平泉の中心街からは離れていますが、毘沙門堂は知る人ぞ知るパワースポット。今後世界遺産への追加登録も予定されており、平泉を訪れたのならぜひとも立ち寄っておきたいスポットとなっています。

名称 達谷窟毘沙門堂
住所 西磐井郡平泉町平泉字北沢16
電話番号 0191-46-4931
公式URL http://www.iwayabetto.com/

高館義経堂

義経堂

義経終焉の地となった高館は、初代清衡のころより藤原氏の要害地として使われてきた場所です。兄の頼朝に追われ逃げ延びた義経を、息子のように可愛がっていた三代秀衡は、この地に居館を与え住まわしていました。奇しくもその秀衡の死後、義経は四代泰衡による奇襲を受け、妻とともにここで自害します。のちの仙台藩主により建てられた義経堂は、中尊寺よりほど近い北上川を見晴らせる高台に建てられました。「夏草や 兵共が 夢の跡」と松尾芭蕉が詠んだこの丘からの眺めは、平泉随一のものといわれています。

画像素材|PIXTA

堂の中に安置されている義経像は、江戸時代初期に制作されたと伝えられています。江戸時代初期といえば、義経堂が創建された時期と同じくらいです。像の雰囲気は、髭を蓄え勇ましい武者姿そのもの。美男子と言われている義経のイメージとは少し違うものの、日本史に名前を残したスーパーヒーローの像ではあることは事実。兜や服装も素敵です。義経堂には、義経にまつわる資料が展示されている資料館もあります。義経についてさらに知りたい人にとってはおすすめの場所です。

名称 高館義経堂
住所 西磐井郡平泉町平泉字柳御所14
電話番号 0191-46-3300
公式URL http://www.motsuji.or.jp/gikeido/

平泉文化遺産センター

Hiraizumi - Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land

平泉文化遺産センターは、平泉町の郷土館と文化財センターとを統合してできた観光施設です。世界文化遺産平泉の魅力や奥州藤原氏との関わり、その歴史など、パネルや映像を使ったガイダンス形式で解りやすく紹介しています。循環バスでも行けますが、中尊寺と毛越寺の中間にある金鶏山の麓にあるので、健脚な方は歩いて向かうのも良いかもしれません。どちらのお寺からでもゆっくり歩いて20分程度です。施設内容は無料とは思えないほどのクオリティ。予備知識のない人などはこちらで勉強してから観光を始めると、旅がより充実したものになりそうです。

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平泉文化遺産センターは平泉の歴史を学ぶことはもちろん、奥州藤原氏初代当主清衡以前の歴史も紹介しています。清衡が平泉を築く前の歴史といえば、東北の有力豪族安倍氏と清原氏、源頼義・義家の時代。戦国時代のように戦乱が頻発した時代です。さらには、英語や中国語、韓国語の音声案内も付いており、外国人でも平泉の歴史を詳しく学習できます。最近は韓国・中国からの観光客も多く、グローバルな博物館であると言えます。平泉の歴史をもっと学びたいのであれば、平泉町史を購入しましょう。

名称 平泉文化遺産センター
住所 西磐井郡平泉町平泉字花立44
電話番号 0191-46-4012
公式URL http://www.town.hiraizumi.iwate.jp/index.cfm/26,1040,128,277,html

観自在王院跡

観自在王院跡 舞鶴が池

二代基衡の妻により建立された観自在王院の跡地です。かつては都からの来客などをもてなす、迎賓館のような役割を果たしていた場所だったともいわれています。毛越寺と同じく浄土庭園の形式がとられていましたが、残念ながら藤原氏滅亡のあとは衰退し、残された遺構より舞鶴が池が復元されるのみ。遺構としてはほかに鐘楼跡や車宿跡、西門跡などが遺っており、二つの阿弥陀堂があったことも解っています。それぞれの場所に解説板が設置されており、いかに想像力を働かせて苑内を巡れるかがポイントかもしれません。毛越寺に隣接している、世界遺産登録の遺跡群です。

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舞鶴が池は日本庭園跡の池らしく広々としています。奥州藤原氏滅亡後は、時の流れにより荒れ果ててしまい水田と化しましたが、復元により当時の姿に蘇りました。池の島であるこの池からは金鶏山を眺めることもできますよ。今は建物の跡しかない観自在王院跡の境内で、当時の名残を色濃く残しているポイントです。先程の通り毛越寺の隣にあるため、約1分でアクセスができる利点も。基衡の毛越寺、その妻の観自在王院、平泉観光で両方訪れたいですね。

名称 観自在王院跡
住所 西磐井郡平泉町平泉字志羅山地内
電話番号 0191-46-4012
公式URL http://hiraizumi.or.jp/archive/sightseeing/kanji.html

無量光院跡

Hiraizumi - Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land

三代秀衡が建立した無量光院の跡地です。観自在王院跡と同じく、世界遺産登録の遺跡群です。一見何もないように見えるこの場所には、かつて京都の平等院鳳凰堂を模した寺院がありました。左右の翼廊が平等院よりも長く、平等院を越える壮大な寺院だったといわれています。東門より入ると池があり、その直線上に橋と本堂、神聖なる金鶏山の中心がくるよう設計されており、本堂越しの山の中央に、美しい夕日が沈む様を庭園より眺められたといいます。

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無量光院は平安時代末期の後、境内もろとも徐々に朽ち果てていき、長い間人々の記憶から忘れ去られていきました。無量光院が世間に再び脚光を浴びるのが戦後のこと。この時期に発掘調査で平等院に匹敵する巨大な寺院であることが確認され、1955年に史跡に登録されました。最近では復元工事が積極的に進められ、中島などのかつて池に位置していたとされる3つの島の再現工事も完了しています。近い将来、無量光院の池も復元することも計画されています。奥州藤原氏の最高傑作の庭園の池を拝める日もそう遠くはありません。

名称 無量光院跡
住所 西磐井郡平泉町平泉字花立地内
電話番号 0191-46-4012
公式URL http://hiraizumi.or.jp/archive/sightseeing/muryo.html

柳之御所遺跡

Hiraizumi - Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land

奥州藤原氏の政庁の役目を果たした平泉館があったとされる、柳之御所遺跡です。三代秀衡の居館、伽羅御所跡や無量光院跡のすぐそばにあり、藤原氏の拠点であった場所とも推測されています。現在も発掘調査が進められていますが史跡公園としても整備されており、一般にもその遺跡群を公開しています。世界遺産への追加登録予定地であり、価値ある歴史資産ですので立ち寄っておくことをおすすめします。発掘した陶磁器などを展示した無料の施設、柳之御所資料館が隣接しているので散策前に見ておくと良いでしょう。

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柳之御所遺跡にまつわる資料を展示している柳之御所資料館は、1000年前の平泉について知ることができる場所。資料館で柳之御所遺跡のパンフレットをもらえます。かわらけ、「盤前村」と書かれた印章が見られます。この印章は日本で初めて発見されたもの。これにより、奥州藤原氏の村落支配のシステムが少しずつ明らかになりました。パンフレットには柳之御所遺跡の詳しい説明が記載されているので、散策の際にパンフレットを手に持てば歴史探索がさらに濃いものになりますよ。

名称 柳之御所遺跡
住所 西磐井郡平泉町平泉字伽羅楽108-1
電話番号 0191-34-1001
公式URL http://www2.pref.iwate.jp/~hp0909/index.html

金鶏山

Hiraizumi - Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land

世界遺産平泉の構成五資産のひとつ、金鶏山は三代秀衡がひと晩で築かせたといわれる人工山です。標高およそ100メートル、山頂に雌雄一対の金鶏が埋められたことにちなみ命名された、円錐状の山です。山頂には複数の経塚も建てられており、信仰の対象となっていたことが伺えます。麓には三代秀衡の木造を安置する千手堂や、義経の妻子の墓とされる五輪塔など見どころも多数。先述した無量光院跡からは、この金鶏山の向こうに沈む、計算されつくした美しい夕日を臨むことができます。

画像素材|PIXTA

金鶏山は、中尊寺金色堂とともに1000年もの間失われることなく昔の姿を保ち続けた平泉の数少ない遺産です。有名俳諧師松尾芭蕉の書いた「奥の細道」によれば「秀衡の屋敷は跡形もなくなくなってしまったが、金鶏山は奥州藤原氏時代の姿を残している」と記述されています。1930年代には、山に埋められたとされる金鶏を求めて頂上が掘られました。目当ての金鶏は見つからず、代わりに秀衡の時代に造られたとされる陶器など様々な遺物が出土しました。これらは平泉最盛期の時代を窺い知る数少ない資料です。

名称 金鶏山
住所 西磐井郡平泉町平泉字花立地内
電話番号 0191-46-4012
公式URL http://hiraizumi.or.jp/archive/sightseeing/kinkei.html

白山神社

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中尊寺金色堂入り口の向かい側、突如として現れる赤い鳥居がこの寺域の鎮守社、白山神社の入り口です。この神社の境内に併設された能楽堂は国指定重要文化財で、江戸時代に伊達藩より奉納されたものです。金色堂に参拝したらそれだけで中尊寺に来たような気になってしまいそうですが、ここは中尊寺より建立時期が早かったとされる由緒ある神社。少し滞在時間を延ばしてゆっくり散策してみては。

画像素材|PIXTA

中尊寺の先立ちと言われる白山神社は慈覚大師により850年に創建されたとされます。一説では石川白山の信仰とも深い関わりが根付いていたと言われています。創建以後、中尊寺に並び東北の守護神として平泉を長らく戦乱の渦から守り続けました。江戸時代末期に火事で一旦焼失しますが、その後再建されました。先述した能舞台も江戸時代末期の再建であると考えられています。白山神社は大きな木が生い茂っており、中尊寺と別のベクトルで神聖さを感じさせます。境内に12ヶ月間安置されている茅の輪もおすすめポイントです。

名称 白山神社
住所 西磐井郡平泉町平泉字衣関173
電話番号 0191-46-4397

1000年の時を超えて

平泉のおすすめ観光スポットをご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?いまもなお残る理想郷のわずかな爪痕をたどれば、現代の人間にも通ずる何かしらの光が見えるかもしれません。ほんの少しだけ想像力を膨らませて、1000年の時を超える旅に出かけてみませんか?

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